ディガーの話
ディガーという映画を観たのですが結構ちゃんとびっくり要素があってネタバレになる(ネタバレしたところで映画の力強さは変わらない)んでここに感じたこと書きますね。 ディガーという映画の予告を観てもらうと明らかに今の拝金主義、権力者のメタファーが好き放題やってやがんなというのが分かると思います。 この映画は仕掛けがあり、実はディガーについて扱った『化石の愚者』という劇中劇であることが明かされるんですよね。でもだからといってこの権力者たち(アメリカの共和党を凝縮したような大統領や武力で解決しようとする軍人など)を批判するパワーは無くなって無いしそこを軽視する批評家はみんな馬鹿なので読んだ上で鼻で笑った方がいいです、馬鹿なので。 そこについては触れている方がいるので今回はそこまで触れませんが、今回はその劇をプロデュースしている側について話したいと思います。この劇のスタッフはディガーが引き起こした大津波で家族を失った被害者があんな事を引き起こした愚者共は馬鹿にして笑い物にしないといけないと涙ながらに語るシーンがあってハッとしたんですよね。というのも、いざことが起きて当時実はこうやって頑張ってる人もいて……というのは被害者からしたら知ったこっちゃ無い話でむしろディガーなり何なりを力づくで止めてくれなかった時点で加害者とそんなに変わらないだろという気持ちだったんじゃないかと思うんですよ。ディガーの演説で暴動起きてたけどこれも結局被害者の想像でこうやって怒ってた人間もいたにはいただろうけど結局止まらなかったじゃんというムカつきも感じました。 これって我々にも突き刺さる問題でまずめちゃくちゃ悪いのはディガーのような悪辣な拝金主義の権力者、次はそれを止められなかった一般市民じゃないか?という気持ちになってしまうんですよね。だからこそ自分は未来に恥を残さないためにめちゃくちゃ頑張って環境を守りたいと思うしそうじゃない人間についてはそれじゃダメだよと少しずつでも頑張るべきだと思うんですよ。これほど直球の環境問題映画ってあまりなくてだからこそみんなに見てほしいなと思います。 あとこの映画の前にファーストボイスという日本初のセクシャルハラスメント裁判についての映画を観たんですけど、ディガーを観ている時にこれを思い出しました。ファーストボイスはあくまで事実に沿った映画ではないと明言してる...